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積読に罪悪感がある日に読みたい話

本棚の前に立つと、まだ開いていない本が目に入る。買ったときのことは覚えているのに、読み始める予定だった週末がいつだったかは、もう曖昧だ。気になる本が増えるたびにうれしくなる一方で、背表紙を眺めていると、少しだけ申し訳ない気持ちにもなる。

積読という言葉には、本好きの親しみと、小さな後ろめたさが同居している。「いつか読む」は便利な言い訳に聞こえるし、読み終えた冊数が見える場所では、手つかずの本が遅れのように感じられる。けれど、買った日の自分が何を楽しみにしていたのかまで、読み終えていないという理由で消すことはないと思う。

その本を選んだとき、知らない町を歩いてみたかったのかもしれない。今の気持ちに名前をつけたかったのかもしれないし、表紙の窓に灯る明かりが、ただ好きだったのかもしれない。レジへ持っていった一冊には、そうした気持ちも一緒に挟まっている。

本を買っただけで、少し元気になる日がある。家に帰って置く場所を決め、帯を読み、最初の数ページをめくる。その短い時間にも、本と過ごす楽しみはある。まだ物語を最後まで知らなくても、読む時間を想像していた帰り道は、たしかにその本からもらったものだ。

とはいえ、本が増えて暮らしが窮屈になったり、買い物が負担になったりしているなら、全部を大切な未来として抱えなくてもいい。今も読みたいか、置く場所はあるか、無理なく買えているか。ときどき確かめ、手放す本を選ぶことも、本との付き合い方の一つだろう。

読めないことへの罪悪感を軽くしたい日は、積まれた本を一度に片づけようとせず、今の自分に合う一冊を選んでみる。買った順番でも、評判の高さでもなく、今日の気持ちが少し動く本でいい。机の上にその一冊だけ置くと、山に見えていた積読が、一人の相手として見えてくる。

選んだ本も、十ページで閉じてかまわない。楽しみにしていたのに文章が入ってこないなら、別の日に戻ってきてもいい。買ったときと今とでは、疲れ具合も、知りたいことも違う。同じ自分でも、いつも同じ本に惹かれるわけではない。

ずっと読めずにいる一冊を、急に読みたくなることもある。旅の予定が決まった日や、誰かと話した帰り道に、あの本のことを思い出す。何かが解決したわけではなくても、本棚にその背表紙があると知っているだけで、気持ちの行き先が一つ増える。

積読をなくすことを、読書の最終目標にしなくていい。本を置く場所や買う量を整えながら、読む喜びが残る付き合い方を探していけばいいと思う。読み終えた本にも、まだ読んでいない本にも、今の暮らしの中で持てる場所を用意する。

今夜、本棚の前で申し訳なくなったら、まずは一冊の表紙を眺めてみる。なぜ手に取ったのかを思い出して、読めそうなら、ほんの少しだけ開く。そこまでで終わる夜にも、次のページは待っている。いつかの楽しみが、今夜の小さな楽しみに変われば、それで十分な日もある。

積読を、少し笑って眺めてみたい方へ

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