BOOK · VOL.2
月見坂書房、相談お断り。 Vol.2|話しかけないでください。
月見坂書房、相談お断り。を見る「私には、話しかけないでください」。静かな本屋「月見坂書房」に、今度はそんなお願いをするお客さんがやってきた。店主の野村誠司にとって、簡単な接客のはずだったが、値段の伝え方も本のおすすめも、黙ったままでは意外と難しい。アルバイトの川瀬芽衣と考えた新しい接客方法はSNSで噂になり、店はなぜか「声を出してはいけない本屋」と誤解されてしまう。おしゃべりな常連客や、無言の読書会の相談にも振り回される誠司。話しかけることが親切とは限らない、人との距離感を笑いと温かさで描く第2巻。
- 出版社
- 灯雨文庫
- 形式
- Kindle版
- 巻数
- Vol.2
- 読み順
- 巻をまたいで続く物語です。Vol.1から順にお読みください。
- 発売日
- 2026年11月7日
- ASIN
- B0HQQQLK5V
READ A LITTLE
物語の冒頭を、少しだけ。
『月見坂書房、相談お断り。 Vol.2|話しかけないでください。』より
月見坂書房に、また少し変わったお客がやってきた。 今回のお願いは、人生相談でも仕事の相談でもなかった。むしろ、その反対だった。 「すみません。私には、話しかけないでください」 野村誠司は、レジの向こうで一度だけ瞬きをした。店に入ってきた女性は三十代半ばくらいで、紺色の薄いコートを着ていた。肩には大きな布の鞄を提げ、片手には折り畳んだ傘を持っている。 「……はい」 誠司がそう答えると、女性は少し困ったような表情になった。 「返事も、できればいりません」 「……」 女性は小さく頭を下げ、文庫本の棚へ歩いていった。 誠司は黙ってその背中を見送った。接客に愛想が足りないと指摘されたことは何度もあるが、返事まで遠慮してほしいと言われたのは初めてだった。 隣で新刊の値札を付けていた川瀬芽衣が、顔を上げた。 「店長、今の聞きました?」 「聞いた」 「すごいですね。店長の理想のお客さんじゃないですか」 「理想かどうかは、まだわからん」 「話しかけなくていいんですよ。店長が一番得意な接客です」 「お前は俺を何だと思ってる」 芽衣は笑いをこらえながら、値札の続きを始めた。誠司もレジに戻り、仕入れ伝票を広げる。女性は棚の前で立ち止まり、一冊を手に取っては戻すことを繰り返していた。 月見坂書房は、商店街の端にある小さな本屋だった。先月までは近所の人が静かに本を買っていく店だったのに、「本の相談は歓迎。人生相談はお断り。」という貼り紙がSNSで話題になってから、少しばかり事情が変わっていた。 今は入口に、新しい貼り紙もある。 「人生の答えは出せません。でも、読みたい一冊は一緒に探せます。」 誠司と芽衣が相談して決めた文章だった。以前の貼り紙も少し小さくして残してあるが、店の雰囲気はようやく落ち着き始めている。 それなのに、今度は「話しかけないでください」だ。 誠司は伝票に目を戻した。話しかけられたくない客なら、話しかけなければいい。それだけのことだと思っていた。 ところが、十五分ほど経った頃、女性が一冊の本を持ってレジの前に立った。 誠司は本を受け取り、バーコードを読み取った。金額を告げようとして口を開き、途中で思いとどまる。 女性は財布を出したまま、じっと誠司を見ていた。 誠司も女性を見た。 二人の間に、妙な沈黙が生まれた。 「店長」 芽衣が小声で呼んだ。 「値段、画面を見せたらどうですか」 誠司は黙ってレジの表示を女性の方へ向けた。女性は金額を確認して千円札を差し出し、お釣りを受け取ると、小さく会釈した。 最後まで一言も交わさずに、買い物は終わった。 女性が店を出た後、芽衣が感心したように息を吐いた。 「できましたね。無言接客」 「普通に売っただけだ」 「でも店長、最後に『ありがとうございました』って言いそうになってましたよ」 「言うのが普通だからな」 「我慢したんですね」 「そんな大げさな話じゃない」 誠司はレシートを片付けながら、少しだけ落ち着かない気分になった。普段は余計な会話を避けたいと思っているのに、いざ話すなと言われると、いつもの言葉が喉につかえてしまう。 何とも勝手な話だった。
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